火葬する時に一緒に持たせたユキちゃん宛の手紙に説明とかありますのて
転載したいと思います
ユキちゃんへ
ブリーダーさんのネットショップの写真でひと目ぼれして
2011年の10日8日に岐阜県(平野部)のブリーダーさん宅までお迎えに行きました

実際に会っても凄くかわいく、この子しか居ないと思いました



両親のトワくん、サラちゃん、兄弟2匹ともお会い出来て良かったです


富山の自宅までは5時間程かかりましたが
不安でいっぱいだったのか道中ほぼ鳴きっぱなしでした
家に着いてからは早速探検が始まり、とんでもなく狭い所に入り込んだりで驚かされました
家に来た翌日の写真

嬉しかったことは
初日から夜寝る頃にはベッドに上がり込んで一緒に布団にも入ってくれたこと
外出先から家に帰ると玄関や階段の途中、2階の降り口までお迎えに来てくれたこと
私が朝起きた時に、おはようみたいな発音で鳴いた頃もあったこと
抱っこは最初から苦手で少ししか出来なかったけど
私が座ってる椅子の後ろ側や隣でくつろいでくれたりで嬉しかったです
ギター弾き語りの練習が迷惑そうで若い頃は1階や別部屋に行ったりしてましたが
年を追うごとに慣れてきて近くで聴いてくれる程になってくれて嬉しかったです
ごめんなさいなことは
来た頃からは際限なく、カリカリご飯を与えてましたが獣医さんの指導があり
食事制限で毎日の分量を計り体重の管理もする様になりました
食べるのが大好きで、もっと食べたかったと思うけど
いつもお腹空かせていてごめんなさい
少しでも長く一緒に居てほしいので肥満での病気にならない様にしてました
趣味の活動で長時間家を空けることがあり
深夜に帰ると玄関ドアの裏までお迎えにきてくれた事もあり
寂しくさせてごめんなさい
どうしてるかなと気にかけてはいました
たまに歩いた時に尻尾や足を踏んでしまってごめんなさい
毎回なんとも無くて良かったです
少しでも長く生きてほしくて居なくなる事なんて考えられない日々で
2024年の5月にリンパ腫で余命1~2カ月と言われた時は凄くショックでしたが
移動や待ち時間の長い病院通いやストレスを感じさせる抗がん剤の積極的な延命治療はしませんでした
そこからは食事制限も止めて、カリカリを、いつでも好きなだけ食べられるように用意して
朝晩のウェットフードと、たまのおやつのチュールで
この世の中に、こんな美味い物があったのかと思うような勢いで食べてました
消極的治療で処方された薬の影響もあって完治したとしか思えないほどの元気さになり嬉しかったけど
ただ、徐々に高い所に登らなくなったりで病気か加齢の影響もあるのかなと思ってました
食事制限を止めてからは空腹からのおねだりもなくなり
ご飯欲しさで懐いてるのではなく心からの飼い主への愛情を感じられる日々でした
少しずつ食欲が落ちて今にも死にそうに、ぐでーんとしてる時もあったけど香箱座りでしっかり頭起こして
いつもの優しい眼差しの時もありますが、とにかくご飯を近くまで持ってきても食べなくなりました
それでも実は断食治療していて、まだまだ生きられるのではという願いがありました
亡くなる3日前に突然階段を降り始めて、よろよろしながら必死で1階まで降りていきました


どこに行くのかと思えば浴室まで辿り着き涼しい所に行きたかったのかもしれません
そこで与えたお水を、最近では見かけない位の勢いで飲んでました
これが最後の飲食だったと思います



這ってしか歩けない状態でしたが亡くなる前日の夕方に近くまで来てくれて
私が寝る直前には、すぐそばでぐったりしたまんまでした
フローリングの板の上だったので抱っこして寝る前に手編みのユキちゃんマットに運びました
その2時間後くらいの2025年3月26日の午前3時に相方に看取られて天国に旅立ちました
いたずらする事もなく温厚で飼いやすく相思相愛で大好きでした
タイミングによっては他の家に貰われて行った可能性もありますが
うちの子になって幸せだったと思ってくれたらと思います
私はユキちゃんと一緒に暮らせて毎日幸せな日々でした
13年間一緒に居てくれて沢山の想い出を本当にありがとう
天国で待ってるトワくんとサラちゃんと家族で楽しく過ごしてください
ユキちゃんが寂しくない様に遺骨は家にずっと置いておきます
飼い主夫婦を高い所から見守っててください
天国から家に遊びに来て駆けまわったり私がユキちゃんの好物のアイスや生クリームを食べてる時は
こっそり舐めていってください
私の、この先の人生でユキちゃんと過ごした日々の想い出はかけがえのないもので
私が死ぬ時にも思い出す事でしょう
その時は必ず迎えにきて天国を案内してください








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